大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

神戸地方裁判所 昭和62年(ワ)1636号 判決

原告(反訴被告)

新本恵津子

ほか一名

被告(反訴原告)

宮谷明美

主文

一1  原告(反訴被告)らと被告(反訴原告)との間で、別紙事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が金一八八万一六四〇円を超えて存在しないことを確認する。

2  原告(反訴被告)らのその余の請求を棄却する。

二1  反訴被告(原告)らは、反訴原告(被告)に対し、各自金一八八万一六四〇円及びこれに対する昭和六三年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  反訴原告(被告)のその余の反訴請求を棄却する。

三  訴訟費用は、本訴反訴を通じてこれを五分し、その一を原告(反訴被告)らの、その四を被告(反訴原告)の、各負担とする。

四  この判決は、反訴原告(被告)勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

以下、「原告(反訴被告)ら」を「原告ら」と、「被告(反訴原告)」を「被告」と、各略称する。

第一当事者双方の求めた裁判

一  本訴

1  原告ら

原告らと被告の間において、別紙事故目録記載の交通事故に基づく損害賠償債務が金一四〇万円を超えて存在しないことを確認する。

2  被告

(一) 原告らの請求を棄却する。

(二) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

二  反訴

1  被告

(一) 主位的請求

(1) 原告らは、被告に対して、各自金一三五一万〇四五九円及びこれに対する昭和六三年一月一日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(3) 仮執行宣言。

(二) 予備的請求

(1) 原告らは、被告に対して、各自金七七二万二〇二三円及びこれに対する昭和六三年一月一日より支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

(2) 訴訟費用は、原告らの負担とする。

(3) 仮執行宣言。

第二当事者双方の主張

一  本訴

1  原告らの請求原因

(一) 別紙事故目録記載の交通事故(以下、本件事故という。)が、発生した。

(二) 右事故は、原告新本恵津子こと朴恵津子(以下、原告恵津子という。)の前方注視義務違反の過失により発生した。

原告新本成寿こと新本光司(以下、原告光司という。)は、右事故当時、原告車の保有者であつた。

よつて、原告恵津子には、民法七〇九条により、原告光司には、自賠法三条により、それぞれ被告が右事故により被つた本件損害を賠償する責任がある。

(三) 被告は、右事故により、頸部捻挫の傷害を受けた。

(四) しかして、被告の右傷害に基づく損害は、現在において、金一四〇万円を超えて存在しない。

(五) ところが、被告は、原告らの右主張を争つている。

(六) よつて、原告らは、本訴により、原告らと被告間において、原告らの被告に対する本件事故に基づく損害賠償債務が金一四〇万円を超えて存在しないことの確認を求める。

2  請求原因に対する被告の答弁

請求原因(一)ないし(三)の各事実は認める。同(四)の事実は否認。同(五)の事実は認める。同(六)の主張は争う。被告の本件事故に基づく損害が原告らの主張する金額を超えて存在することは、後記反訴において主張するとおりである。

二  反訴

1  被告の反訴請求原因

(一) 主位的請求

(1) 本件事故が発生した。

(2) 右事故は、原告恵津子の前方注視義務違反の過失により発生した。

原告光司は、右事故当時、原告車の保有者であつた。

よつて、原告恵津子には、民法七〇九条により、原告光司には、自賠法三条により、それぞれ被告が右事故により被つた本件損害を賠償する責任がある。

(3) 被告の本件事故による受傷内容及びその治療経過は、次のとおりである。

(a) 頸部捻挫

(b) 小原病院 昭和六一年二月七日から昭和六二年四月二七日まで通院。(実治療日数一七〇日)

澄川医院 昭和六二年六月二四日から同年一二月末日まで通院。(実治療日数八三日)

河内整骨院 昭和六一年二月八日から昭和六二年一一月三〇日まで通院。(実通院日数一六七日)

被告の本件受傷は、現在に至つてもなお症状固定せず、同人において未だに澄川医院、河内整骨院へ通院して加療中である。

(4) 被告の本件損害

(a) 治療費

小原病院分 金四万一〇九〇円

ただし、昭和六一年九月一六日から昭和六二年四月二七日までの分。

澄川医院分 金一万九九二〇円

河内整骨院分 金五二万〇六〇〇円

合計金五八万一六一〇円

(b) 通院交通費

小原病院関係 金一八万七〇〇〇円

ただし、タクシー片道金五五〇円の一七〇日分。

500円×2×170=18万7000円

河内整骨院 金二六万三八六〇円

ただし、タクシー片道金七九〇円の一六七日分。

790円×2×167=26万3860円

合計金四五万〇八六〇円

(c) 営業損害 金一一四七万七九八九円

ⅰ 被告は、本件事故当時、神戸市中央区山手通五丁目において、喫茶店「マイ・ウエイ」を経営していた。

ⅱ 同店における昭和六〇年一月から同年一二月までの売上は、金一六五三万〇二四〇円で、経費は、金一〇五四万一七一四円であつた。したがつて、その収益は、金五九八万八五二六円であつた。

ⅲ 同店における昭和六一年、同六二年の収益は、被告の労働不能による代替人員の使用で赤字である。

ⅳ 同店における昭和六一年二月から昭和六二年一二月まで二三か月の営業損失は、金一一四七万七九八九円となる。

(d) 慰謝料(通院分) 金一〇〇万円

被告は、前記のとおり本件事故による受傷治療のため、実通院日数四二〇日を要した。

右事実に基づけば、同人の本件通院慰謝料は金一〇〇万円が相当である。

(e) なお、被告は現在もなお通院治療中であるから、同人は、本請求において、後遺障害による逸失利益及び慰謝料の請求を留保する。

(5) 以上のとおり、被告の本件事故による損害は、合計金一三五一万〇四五九円となる。

(二) 予備的請求

仮に、被告が主位的請求原因で主張している営業損害が認められず、更に、被告の本件事故による受傷が原告ら主張のとおり昭和六一年九月一三日に症状固定し、その後遺障害が障害等級一四級一〇号に該当するならば、被告は、予備的に同人の本件損害として、次のとおり主張する。

(1) 治療費・通院交通費・通院分慰謝料の各金額は、主位的請求原因において主張したとおり。したがつて、その合計額は、金二〇三万二四七〇円となる。

(2) 営業損害 金四九三万九五五三円

(a) 被告は、本件事故当時、三七歳(昭和二三年八月二四日生)であつた。

(b) 賃金センサスによれば、同人の年収は、金二六〇万五四〇〇円である。

(c) 右事実に基づけば、同人の、右事故日である昭和六一年二月七日から昭和六二年一二月末日までの営業損害は、金四九三万九五五三円となる。

(3) 慰謝料(後遺障害分) 金七五万円

被告に残存する、障害等級一四級一〇号該当の後遺障害に対する慰謝料は、金七五万円が相当である。

(4) 以上のとおり、被告の本件事故による損害は、合計金七七二万二〇二三円となる。

(三) よつて、被告は、反訴により、原告らに対して、主位的請求として本件損害合計金一三五一万〇四五九円、予備的請求として同損害合計金七七二万二〇二三円、及び右各金員に対する本件事故の日の後である昭和六三年一月一日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

2  反訴請求原因に対する原告らの答弁及び抗弁

(一) 答弁

(1) 主位的請求関係

反訴請求原因(1)、(2)、(3)(a)の各事実は認める。同(3)(b)中被告が本件受傷治療のため、同人が本件事故による受傷治療のため小原病院へ右事故の日である昭和六一年二月七日から同年九月一三日まで通院(なお、実治療日数は九五日)したこと、同人が右同目的で河内整骨院へ右同期間通院したことは、認めるが、同(3)(b)のその余の事実は、被告の本件受傷が未だ症状固定していないとの部分を除き全て不知、同人の本件受傷の現状に関する右部分は否認。被告の本件受傷は、昭和六一年九月一三日症状固定して後遺障害が残存したところ、その後、右後遺障害につき障害等級一四級一〇号該当(頸部に神経障害を残す)の認定がなされた。したがつて、被告が右症状固定した昭和六一年九月一三日以後その主張するような通院治療を受けたとしても、右通院治療と本件事故との間には相当因果関係がない。(4)(a)中河内整骨院関係の昭和六一年二月七日から同年九月一三日までの治療費を除き、その余の治療費関係は、全て不知。仮に被告がその主張する治療費を支払つたとしても、右治療費が本件症状固定後の治療に関するものであることは、その主張自体から明らかである故、右治療費は本件事故と相当因果関係に立つ損害とはいえない。したがつて、原告らに、右治療費を本件損害として被告に支払う義務はない。しかして、河内整骨院関係の右期間における治療費は、後記抗弁で主張するとおり、原告らにおいて既に支払ずみである。同(4)(c)の通院交通費については、被告が昭和六一年二月七日から同年九月一三日まで小原病院に通院しバス往復料金を要した限度で認めるが、その余の事実は争う。本件において、タクシー通院は不必要である。同(4)(d)中被告が本件事故当時その主張する場所で喫茶店「マイ・ウエイ」を経営していたことは認めるが、同(4)(d)のその余の事実及び主張は争う。被告の本件営業損害の主張は、その算定根拠が主張自体不明であるし、これを裏付ける証拠も全くない。同(4)(d)の事実及び主張は争う。被告の本件事故と相当因果関係に立つ通院期間、その状況等を考慮すれば、同人の本件通院慰謝料は金六〇万円をもつて相当とすべきである。同(4)(e)の主張は争う。被告の件受傷が既に症状固定し障害等級一四級一〇号該当の後遺障害が残存していることは、前記のとおりである。同(5)の主張は争う。

(2) 予備的請求関係

予備的請求原因(1)に対する答弁は、主位的請求原因における各対応事実に対する答弁と同じである。同(2)については、仮に、被告に、同人が主張する一か月平均賃金相当額を基礎とする本件事故と相当因果関係に立つ営業損害があつたとしても、右損害額は金一二〇万円を超えない。即ち、仮に、被告に本件事故後一定の就労制約が認められたとしても、同人の本件受傷内容、その症状固定に至るまでの経過、同人の本件就労内容、とりわけ、同人が右事故直後からも「マイ・ウエイ」を休業することなく、同店のレジー等の管理等に従事していたこと等の事情を考慮すれば、同人の本件就労制約期間は六か月を超えないというべきである。そして、同人主張の一か月平均賃金相当額と右就労制約期間を基礎として、右営業損害を算定すれば、その金額は、金一二〇万円を超えない。なお、右営業損害金一二〇万円が原告らによつて既に支払ずみであることは、後記抗弁において主張するとおりである。同(3)の事実及び主張は認める。同(4)の主張は争う。

(3) 被告の(三)の主張は争う。

原告らの被告に対して残存している本件事故に基づく損害賠償債務は、本件慰謝料(傷害分・後遺障害分)・通院交通費・その他の合計額金一四〇万円相当であり、右金額を超えては存在しない。

(二) 抗弁

原告らは、本件事故後、被告に対して、次の金員を支払つた。

(1) 主位的請求関係

河内整骨院分治療費 金五三万六一五〇円

(ただし、昭和六一年二月七日から同年九月一三日までの分)

(2) 予備的請求関係

営業損害 金一二〇万円

3  抗弁に対する被告の答弁

抗弁(1)の事実は争い、同(2)の事実は認める。

第三証拠関係

本件記録中の、書証、証人等各目録記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

第一本訴

一  請求原因(一)ないし(三)の各事実、同(五)の事実は、当事者間に争いがない。

二  原告らは、本訴において、同人らの被告に対する本件事故に基づく損害賠償債務が金一四〇万円を超えて存在しない旨主張するところ、被告の原告らに対する右事故に基づく損害が金一八八万一六四〇円であること、したがつて、被告が原告らに対し現在右同額の本件損害賠償債権を有することは、後記反訴請求に対する判断において認定説示するとおりである。

三  右認定説示に照らすと、原告らの本訴各請求中、原告らの被告に対する本件損害賠償債務が金一八八万一六四〇円を超えて存在しない旨の確認を求める部分は理由があるが、その余の部分は理由がないというべきである。

第二反訴

一  主位的請求

1  反訴請求原因(1)、(2)、(3)(a)の各事実、同(3)(b)中被告が本件事故による受傷治療のため小原病院へ右事故の日である昭和六一年二月七日から同年九月一三日まで通院したことは、当事者間に争いがない。

右事実に基づけば、原告恵津子には、民法七〇九条により、原告光司には、自賠法三条により、それぞれ被告が本件事故により被つた損害を賠償する責任があり、右各責任は、不真正連帯関係に立つと解するのが相当であるから、原告らは、連帯して右責任を負うというべきである。

2  ところで、被告の本件受傷の治療に関する根本争点は、同人の本件事故に基づく右受傷が、現在未だ症状固定しておらず、なお継続治療を必要としているか否か、にある。

よつて、先ず、この点について判断する。

(一) 被告において、同人の本件受傷は未だ症状固定していない旨主張しているところ、同人の右主張事実にそう証拠として、被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第三号証、第四号証の一、二、第五号証の一ないし一一、第六号証の一ないし七二、第一三号証、被告本人尋問の結果がある。

しかしながら、右各証拠を総合しても、後記各証拠の信用力及びこの各証拠によつて認定される後記事実を克服できず、被告の右主張事実について確信を抱くに至らない。

(二) かえつて、成立に争いのない甲第二号証、第一一号証、乙第一二号証及び弁論の全趣旨を総合すれば、被告は昭和六一年九月一三日小原病院において本件受傷が症状固定したとの診断を受けたこと、右症状固定に伴い後遺障害が残存するに至つたこと、右後遺障害の内容は頭部頸部左肩部の疼痛脱力感あり、不眠いらいら感等により日常生活に支障を来している旨の訴えありというにあること、被告は、右症状固定後、右後遺障害につき所謂事前認定手続をとり、障害等級一四級一〇号該当の認定をうけたことが認められ、右認定各事実に照らしても、被告の右主張事実は、これを肯認するに至らない。

むしろ、右認定各事実を総合すれば、被告の本件受傷は昭和六一年九月一三日症状固定し、障害等級一四級一〇号該当の後遺障害が残存するに至つたというべきである。

右認定説示に基づけば、被告の本件受傷につき本件事故と相当因果関係に立つ治療は、小原病院における昭和六一年二月七日から同年九月一三日までの分(前記乙一二号証によれば、同病院における同期間内の実治療日数は九五日である。)ということになる。

ただ、症状固定後の治療においても、一定の事由(例えば、その症状の悪化増悪の防止等)があれば、例外的に一定限度で、その治療と当該事故との間に相当因果関係の存在が認められる。しかしながら、本件においては、右事由の主張・立証がない。

結局、いずれにしても、被告が主張する本件治療期間中昭和六一年九月一四日以後の分は、本件事故との間に相当因果関係はないというほかはない。

3  そこで、被告の本件症状固定に関する右認定説示を前提として、被告の本件損害につき検討する。

(一) 治療費

(1) 小原病院分、澄川医院分については、いずれも前記認定にかかる昭和六一年九月一四日以後の治療にかかるものであることは、その主張自体に即して明らかである。

そうすると、右各治療費が、被告の本件受傷の症状固定に関する前記認定説示に基づき、本件事故に基づく損害と認め得ないことは明らかである。

(2) 河内整骨院分については、その治療期間が、被告の主張自体から明白でない。

しかしながら、その主張金額自体及びこれにそう前記乙第四号証の一、二、成立に争いがない甲第一二号証を総合すると、右主張金額は、本件症状固定の後である昭和六一年一〇月一四日以後の分であることが認められる。

そうすると、河内整骨院の治療費についても、右小原病院や澄川医院の場合と同じく前記認定にかかる昭和六一年九月一四日以後の治療に関するものといわざるを得ず、したがつて又、右治療費も、本件事故に基づく損害と認め得ないというべきである。

(3) 右認定説示から、被告主張の治療費は、いずれも本件事故に基づく損害とは認めることができない。

(二) 通院交通費 金六万八四〇〇円

(1)(a) 被告の本件受傷が頸部捻挫であつたこと、同人が右受傷治療のため昭和六一年二月七日から同年九月一三日まで小原病院へ通院し少なくともバス往復料金相当の交通費を要したことは、当事者間に争いがない。

しかして、同人の右通院における実治療日数が九五日であつたことは、前記認定のとおりである。

(2)(b) 右当事者間に争いがない事実及び右認定事実を総合すると、本件事故と相当因果関係に立つ損害としての通院交通費は、バス往復料金相当額と認めるのが相当である。

(3)(a) 原告らが被告の河内整骨院における本件治療費昭和六一年二月七日から同年九月一三日までの分を支払つたことは、原告らにおいて自認するところである。

右事実からすると、原告らは、被告の河内整骨院における治療費が本件事故に基づく損害であることをも自認していたというべきである。

しかして、被告の本件受傷の治療が通院にあつたことは前記認定から明らかであつた故、原告らは又、被告が河内整骨院に通院するに要する交通費も右事故に基づく損害であることを自認していたと推認するのが相当である。

(b) 前記乙第五号証の三ないし一〇によれば、被告が昭和六一年二月七日から同年九月一三日まで河内整骨院に通院した実治療日数は七六日と認められ、右認定を覆すに足りる証拠はない。

(4) 右認定説示に基づけば、被告が右各医療機関に通院するに要した交通費は、本件事故に基づく損害として、原告らに賠償義務があるというべきである。

(5) しかして、弁論の全趣旨によれば、バス往復料金相当額は金四〇〇円と認められるから、本件通院交通費は、次のとおりとなる。

(a) 小原病院分 金三万八〇〇〇円

金400円×95=金3万8000円

(b) 河内整骨院分 金三万〇四〇〇円

金400円×76=金3万0400円

合計金六万八四〇〇円

(三) 営業損害

(1) 被告が本件事故当時神戸市中央区山手通五丁目において喫茶店「マイ・ウエイ」を経営していたことは、当事者間に争いがない。

しかして、被告の本件受傷、同人が右受傷治療のため通院したことも、前記のとおり当事者間に争いがないから、右各事実に基づけば、同人に右受傷による営業損害が発生したことは、これを肯認し得るところである。

なお、本件事故と相当因果関係に立つ被告の本件受傷治療期間が昭和六一年二月七日から同年九月一三日までであることは、前記認定のとおりであるから、同人の本件営業損害算定の期間も、右期間内に限られることになる。

(2) ところで、被告主張の営業損害額(主位的請求原因)にそう証拠として、官署作成部分の成立については争いがなく、その余の部分については被告本人尋問の結果により真正に成立したものと認められる乙第九号証の一ないし三、第一〇、第一一号証、第一五号証、被告本人の右供述により真正に成立したものと認められる乙第一号証の一ないし一三、被告本人の右供述がある。

しかしながら、右各証拠によつても、被告の右主張事実は、これを肯認するに至らない。

その理由は、次のとおりである。

(a) 乙第一号証の一ないし一三が、被告の右主張事実の根拠を成す、とりわけ、その収入関係を裏付ける、最重要な証拠であるところ、その記載内容は、客観性に乏しく直ちに信用することができない。

なるほど、被告本人の供述によれば、右各文書は、同人が昭和五三年から記帳している売上ノートで、その記帳された数字は、同人において時間を区切つてレジをしめた計であることが認められる。

しかしながら、右区切られた時間が一日の内の何時から何時までであるのか、右時間内における何人分の売上であるのか等が、右各文書自体及び被告本人の右供述によつても明確でないし、他にこの点を明確にする証拠はない。

もとより、営業損害算定の基礎となる収入は純利益であり、純利益は所謂粗利益から必要経費を差し引いて算出されるところ、本件においては、右認定説示のとおり右粗利益そのものが確定できないというべきである。

(b) 乙九号証の一ないし三は、被告の昭和六〇年分所得税の確定申告関係書類であるが、右確定申告関係書類に記載された売上金額についてはその算定基礎資料が明確でないし、前記乙第一号証の一ないし一三が右算定の基礎資料となつたとするならば、これについては、右(a)における認定説示が妥当して、いずれにせよ、右売上金額の記載を信用することができない。のみならず、被告の右供述によれば、同人は右確定申告関係書類においてその売上金額を過少に計上していたことが認められるから、右確定申告関係書類における収益もにわかに信用することができない。

もつとも、被告は、右供述において、右確定申告関係書類の経費欄の記載は正確である旨供述するが、収益は過少計上であるが経費は正確であるといつても、このこと自体にわかに信用することはできないし、被告の右供述内容を客観的に裏付ける他の証拠もない。

結局、乙九号証の一ないし三の記載内容全体も、被告の右主張事実を肯認させるに足りる実質的証拠力を持たないというほかはない。

(c) 乙第一〇号証、第一五号証は、被告の昭和六一年分所得税の確定申告関係書類であるが、右確定申告関係書類における売上金額についても、右(b)における認定説示が妥当するし、被告は、前記昭和六〇年分所得税の確定申告関係書類と右昭和六一年分所得税の確定申告関係書類を比較して、その主張にかかる本件営業損害額を証明しようとするが、右比較の対象となる右昭和六〇年分所得税の確定申告関係書類の記載内容が信用できないことは前記のとおりであるから、信用できない右確定申告関係書類と比較してみても、右営業損害額を証明することはできないというべきである。

(d) 乙第一一号証は、昭和六二年分所得税の確定申告書であるが、この文書についても、右(c)における認定説示がそのまま妥当し、右文書だけで被告の右主張事実を肯認することはできない。

(e) 被告本人の供述も、右(a)ないし(d)における認定説示を克服して、それ自体のみで同人の右主張事実を肯認させるに足りる実質的証拠力を有さない。

(f) なお、被告の本件営業損害額に関する証拠として、成立に争いのない甲第三号証の一、二、第四号証がある。

被告本人の供述によれば、右各文書は本件事故後損害賠償の交渉の過程で作成されたものであることが認められるところ、右各文書の記載金額と、被告自身が本件訴訟になつてから、同人の本件営業損害額立証の最重要証拠として提出した前記乙第一号証の一ないし一三記載の金額とを比較してみると、前者の金額が後者の金額より水増しされていることが認められ、右認定各事実からすると、右甲号各証の記載金額は、損害賠償対策用として誇大に記載されたものとの疑問を抱かざるを得ない。

よつて、右甲号各証の記載内容も又、にわかに信用することができず、右各文書によつても、被告の右主張事実は、これを肯認することはできない。

(3) 右認定説示に基づき、被告主張の本件営業損害は、これを認め得ないと結論される。

(四) 慰謝料(通院分) 金七〇万円

被告の本件事故と相当因果関係に立つ受傷治療期間、とりわけ、その実治療日数については、前記認定のとおりである。

右認定事実に基づけば、被告の通院分慰謝料は金七〇万円と認めるのが相当である。

二  予備的請求関係

1  被告の主位的請求原因に基づく営業損害が肯認できないこと、同人の本件受傷が昭和六一年九月一三日症状固定し障害等級一四級一〇号該当の後遺障害が残存することは、前記認定説示のとおりである。

そこで、被告の主張にしたがい、同人の予備的請求なるものについて判断する。

なお、右予備的請求は、その請求原因としての本件事故の発生、原告らの責任原因、被告の本件受傷内容及びその治療経過等を主位的請求と共通にし、ただ損害額のみを予備的に主張しているものと解される。

よつて、右共通請求原因中主位的請求についての、当事者間に争いのない事実、争いのある事実に対する認定説示は、右予備的請求のこれらについても、そのまま妥当する。

したがつて、右予備的請求としての損害主張についても、当然右認定を前提として、その当否を判断すべきこととなる。

以下、右見地に則り、被告が右予備的請求で主張している損害額につき、その当否を検討する。

(一) 右予備的請求における主張損害費目中、治療費が本件損害と認め得ないこと、通院交通費金六万八四〇〇円、通院慰謝料金七〇万円が本件損害として認められることは、前記主位的請求における同一損害費目について認定説示したところと同じである。

(二) 営業損害 金一五六万三二四〇円

(1) 被告が本件事故当時喫茶店「マイ・ウエイ」を経営していたことは、前記のとおり当事者間に争いがない。

しかして、同人が本件受傷に基づき右営業を休まざるを得ず、そのため、同人の主張する営業損害が発生したことが認められることは、前記認定説示のとおりである。

なお、被告がここで主張する営業損害なるものは、その主張内容からみて、同人の個人的労務に対する休業損害をいうものと解される。

(2) しかし、本件では、被告の個人的労務に対する休業損害を算定する資料がない。

かかる場合には、公的統計資料、とりわけ、賃金センサスによつて右個人的労務に対する休業損害を算定するのが相当である。

(a) 成立に争いのない甲第七号証及び弁論の全趣旨によれば、被告は本件事故当時三七歳(昭和二三年八月二四日生)の女性であつたことが認められるところ、賃金センサス昭和六一年度第一巻第一表産業計企業規模計女子労働者学歴計によれば、三五歳~三九歳女子労働者の平均賃金は年額金二六〇万五四〇〇円であるから、被告も、右事故当時右同額の収入を得ていたものと推認するのが相当である。

(b) 被告の本件事故と相当因果関係に立つ治療期間が昭和六一年二月七日から同年九月一三日までであることは、前記認定説示のとおりである。

したがつて、同人の右事故と相当因果関係に立つ休業期間も、右治療期間と同じと認めるのが相当である。

(c) 右認定各事実を基礎として、被告の本件営業損害を算定すると金一五六万三二四〇円となる。(円未満四捨五入)

(260万5400円÷356)×219≒156万3240円

(d) 右認定説示に反する原告らの主張は、当裁判所の採るところでない。

(e) なお、被告の右営業損害の主張は、同人の本件後遺障害の存在をも前提としているので、右主張中に右後遺障害に基づく逸失利益の主張も含まれるのかが問題となる。しかしながら、休業損害と後遺障害に基づく逸失利益はそもそも損害費目が全く異なり、その算定の基礎となる事実関係も異なるから、被告においてこの点を明確に主張しない以上、同人の右営業損害の主張中に、同人の右後遺障害に基づく逸失利益の主張も含まれていると解することはできない。又、これを積極に解するならば、原告らに対して、その防御上不測の不利益を与えることになり相当でない。

(三) 慰謝料(後遺障害分) 金七五万円

被告の本件後遺障害に関しては、前記認定のとおりである。

右認定事実に基づけば、同人の本件後遺障害分慰謝料は、金七五万円が相当である。

(四) 右認定説示から、被告の本件損害合計額は、金三〇八万一六四〇円となる。

2  原告らの抗弁

(一) 原告らが本件事故後被告に対して金一二〇万円を営業損害補償の名目で支払つたことは、当事者間に争いがない。

(二) 右事実に基づけば、被告の右受領金金一二〇万円は、同人の本件損害に対する填補として、同人の前記認定の本件損害合計額金三〇八万一六四〇円から控除されるべきである。

原告らの、この点に関する抗弁は、理由がある。

(三) しかして、右控除後の被告の本件損害額は、金一八八万一六四〇円となる。

3  結論

以上の認定説示を総合し、被告は、原告らに対して、各自本件損害合計金一八八万一六四〇円及びこれに対する本件事故日の後であることが当事者間に争いのない昭和六三年一月一日(この点は、被告自身の主張に基づく。)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める権利を有するというべきである。

第三全体の結論

上記の全認定説示に基づき、原告らの本訴各請求は、前記認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれらを認容し、その余は理由がないから、これらを棄却し、被告の反訴請求は、同人が予備的請求と主張する部分につき前記認定の限度で理由があるから、その範囲内でこれを認容し、その余は、同人が主位的請求と主張する部分の全部を含めて理由がないから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条、九五条を、反訴の仮執行宣言につき同法一九六条を、各適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 鳥飼英助)

事故目録

一 日時 昭和六一年二月七日午後八時頃。

二 場所 神戸市兵庫区下沢通四丁目七番二七号先路上。

三 加害(原告)車 原告(反訴被告)新本恵津子こと朴恵津子運転の自家用普通乗用自動車。

四 被害車 訴外坂口良治運転の事業用普通乗用自動車(タクシー)。

五 被害者 被害車に乗客として乗車していた被告(反訴原告)。

六 事故の態様 被害車が、本件事故現場において、乗客の被告(反訴原告)を降車させるため停車したところ、右車両の後方から進行してきた原告車から追突された。

以上。

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例